鼓動が止まるその日まで

自堕落に断捨離してダイエットしている。

病気が再発するまで考え続ける

物か減って動きだしたこと

今、中古マンションの購入とリノベーションに動いています。

放ったらかしだった定期預金や何もしていなかった企業型確定拠出年金も考えて始めました(毎年受け取っていた)。

部屋が散らかっていたら、こんなこと絶対やってない。
働くだけで精一杯を言い訳にして何もしないでいたはず。

まだ、つみたてNISAやるかは迷っているけれど、銀行の資産形成の相談に行って、色々な商品やプランニングを確認できた。
それだけでも、少し安心。
ネットで裏付けとって、そっちで検討するけれど、対面で専門家にアドバイス貰えると、複数視点での検証だからね。

そんな事で、実家の片付け、引っ越し、自分のマンション購入、引っ越しと怒涛の一年になりそうです。

その前に、ずっと塩漬けになっている定期預金を解約します。
8月中なので!何年間やってるか思い出すの怖い。

クローゼットを生かす

クローゼットがうまく使えず何度もレイアウト変更をしていました。

収納量を増やす事に主眼を置いて、使いやすさは二の次(今考えれば)。

結果、奥まで入れないし、埃は溜まるし、開けたくない。

なので、今回は(勿論、本能で)奥まで手が届く!がなんとなく目標。

掃除が楽、取り出しが楽、服探しが楽。
楽するために頑張る。

バーにかかった服以外、すべて出した状態で考えます。

すっごい埃だった、きっちり掃除したくない!

そこで思い付いたのが、家にある収納の利用。
工夫して詰め込んだらダメ、見やすく、取り出しやすく、いけるか?いけそう。

無印良品のユニットシェルフ、同じものが2つあったので並べて奥に。
一つはキッチンから持って来たので、炊飯器置き場が無くなってます。

うん、スッキリ。奥まで手が届くし、埃もたまらない。

これが、最終形ではないけれど今できる、思いつく精一杯。

モノの総量を決める、これが難しい

断捨離の前か最中にぼんやりとでも

ここまでは減らす

という基準があったら減らし過ぎ(明日会社に来ていく服がないとか)、残しすぎ(溢れたモノが少なくなっても溢れているのは溢れている)にならないんじゃないかと思います。

実は断捨離するのは二回目。
前回は、やましたひでこ氏の本が発売された直後、また断捨離がブームになる前でした。
…減らし過ぎて、仕方がなく間に合わせで色々と買って、溜め込む体質は悪化しました。

その後も定期的にモノを見直ししてましたが、今度は基準が甘く、捨てたのにあまり変化がない、という…。

今回は汚部屋ブログの写真なんかを見ていたので感覚的に掴んでいました

部屋にある収納に収まる分で暮らす

賃貸ですがクローゼットも、靴箱もちゃんとしたものが作り付けです。
設計士だってプロなんだから無茶な造りにはしていないはず。
収まりきらないモノがあるのならそれは私がどこかおかしいんだ、という当たり前の事に気づきました。

怖いよね。 設計者の頭が悪いと思っていました。

さらにもう一つ。大事な基準。

収納破綻を起こした最大の原因は残業時間の増大でした。
原動力と言ってもいい。


毎月60時間以上の残業が続いても綺麗を維持できる量のものしか持たない。


破綻は一回でいい。もう二度と起こしたくない、だから面倒な断捨離なんかするんですよ。

ちなみに、年明けから残業はセーブして、断捨離してました。
ピークを過ぎていたのでできたこと。

そんな訳で、タンスを買おうか、ベッド下に収納ボックスを置こうか迷っていたのは長時間残業が見せたマボロシということになりました。

管理できる総量はなんとなく掴めました。

少ないほどいいけど、明日買い物にいかなくても良い量は残す

ときめくかどうか?なんて考えたら服は一着も残りませんから!
ミニマムに暮らしながら、労働で磨耗した感性を取り戻す、話はそれからだ位の気持ちで。

捨てられないんじゃない、基準の問題

溜め込む系汚部屋を作った人間として、言わせてもらえれば

沢山モノがありすぎて把握できないなら、無いのも同じ
いつか使うはこない

なんて、嘘です。
記憶力が低下してきた今はともかく、若い時なら完璧に把握していました。
何年に一度の使用でも把握しているから発掘できるし、快感とともに
「ほら、やっぱりとって置いて良かった」
なんて、思っていました。

実際、断捨離後に捨ててしまったモノが必要になったことは(既に)あります。

それでも、溜め込むのを止めることにしたのは、今を大事に生きるため。
今のスッキリの為に、に未来のちょっと不便な可能性を許容した…そういう事です。

私は煩わしい事が大嫌いで、田舎を出て友人と連絡すらせず、好き勝手に生きています。
なのに、こんな煩わしい事を今まで許容してきたことがおかしい!今ならそう思います。

面倒くさいから捨てる。これですよ。

ゴミ捨ては基本できます(当たり前)。
なのに床にモノが積んであって、服の置き場がいくつもある状態だったのは

出したらしまう習慣がない
ものぐさで一時置きをして、そのまま
モノの定位置を作れない
見えない場所のモノを使わない

からでした。
正直、片付けながら

定位置なんて、作れない
見えないと不便
毎回戻すとか面倒すぎて無理、今さら無理

と挫けそうでした。
きちんとしている自分なんて、想像できない!
自堕落じゃないなら私じゃない、
アイデンティティーの問題だ、位の感覚で。

しかし、人は惰性という素敵な特性を持っているので意外と大丈夫でした。
最近では習慣化とかキレイ事でいうらしいですよ~。

なので、捨てて少なくしてしまえばなんとかなるものだ、そういう事なんです。

全部出しに挑戦、結果的に服から

突っ張り棒の収納を撤去してしまったので、仕方がなく服を精査することになりました。

面倒だな、と思いつつも他の場所も大変だから諦めます。
セオリーの玄関なんか本の山があるし!

基本に従って、服はすべて出して一ヵ所に。
…場所が無いので唯一スッキリしているベッドの上に。


全出しできるスペースがあったら断捨離なんてしないよ!


ベッドの上にギリギリ乗りました。

集めた元は「下駄箱の上、洗濯機の上、クローゼット、出しっぱなしの物干しの上、ソファーの上、床」汚部屋の基本、同種のモノが分散した状態。

ミッシリな服達。

この量を戻すのは嫌だ。捨てて減らそう。

逆説的なやる気が湧きます。
しかし、ほぼ毎月このクローゼットは中身を減らそうとチェックしていました。

でも、減らそう。っていうかなんとしても減らす!

…結果、あまり減りませんでした。
やっぱり。
でも、クローゼットに全部をまとめました。
服はクローゼットに入る分だけ。
ちょっとバンカーがミッシリで乱雑に積んでいるけれど、とりあえず入るようにしたからヨシ。

片付けながら、クローゼットの有効活用も思いつきましたよ!
これは溜め込む汚部屋タイプにとって危険な兆候。大丈夫か?うん、今あるモノだけ利用だし、やってみよう。脳内会議で可決。

もう一つ気づいた事は
「カゴは駄目だ」
でした。
これはどこかのブログで藤のカゴなんかは不衛生になるから台所にはプラスチックケース、というのがあって

「編んだカゴとかはマメに掃除できる人のモノで、汚部屋体質の人はプラスチックケースしかないな」

と悟りました。
なので、徹底的にカゴ(いっぱいあるんだこれが)は捨てて、クローゼットの下に直に服は積んで置きます。
不便だけれど、収納用品は片付けが終わってからが基本らしいし、溜め込むタイプに与えるな危険なモノでもあるので。

断捨離して欲しかったものが見えた

突っ張り棒と収納を外してわかった事


引っ越しした当初のスッキリした空間が欲しい
便利さよりも快適さ
煩わしいのが本当にイヤ


これが私の断捨離の原動力でした。

だから、まず収納を撤去して、さあ中身の精査!この順番であっていたわけです。

なんとなく、それを感じながら、そんな原動力に支配されて妙な高揚感と片付け嫌いな嫌々感をあわせ持った1ヶ月になりました。

もちろん、片付けたら人生が変わった!とか、そういった棚ぼた?副産物?もチラチラ期待しながらです。

増設した収納を撤去する

溜め込む汚部屋の最大の敵、それは収納です。

あるから、詰め込んで、作れるから、さらに詰め込んで。

収納破綻とはよくいったもので、この状況にうんざりしてお手上げでした。
そのまま、楽しめていれば溜め込む汚部屋は害が無いけれど、私は飽き飽きしていたらしいのです。

まったく自覚なかったけどね!

という訳で、本能は

突っ張り棒を外せ!
それにつけた布収納を引きずりおろせ!

と暴れました。
後先考えずに実行、足元はグシャグシャでも心はスッキリ。
ビックリしましたよ。

上空が広い、玄関とユーティリティで思いました。

実は、帰省前にさらに突っ張り棒で収納を増やすつもりでいたなんてアホ過ぎる!

下駄箱の上に服、洗濯機の上に服、洗面台の上に突っ張り棒、を解消です。